まっさらな部屋、と言うより空間に近かった。どこまで続いているかも分からない。またおかしな部屋に閉じ込められたのかと、眉を顰める。いつもと違うのは、周りを見渡してもふざけた紙や怪しげな扉が無い事だった。気付けばあてもなく歩いていた。どちらを向いているのか、どこに向かっているのか、まるで見当がつかなかったが、不思議と頭は冷静だった。変化のない風景も、どうしてか見飽きる事は無かった。
どのくらい歩いただろうか、何かが見えた。それを認識した瞬間、今すぐ走り寄りたくなる様な心地になる。にも関わらず、歩みは一向に変わらず進んでいる気がしない。もどかしさから前のめりになり、少しでもそれに近づこうとする。長い髪が揺れる。早くそっちに行かないと。ゆっくりとこちらに振り向く。めいっぱいに手を伸ばす。血色の悪い唇が、ゆっくりと俺の名を紡ぐ。待って、
「かあさ、…………」
はっと目が覚める。伸ばされた手の先には、こちらを怪訝そうに見つめるアイツの顔があった。
「……大丈夫ですか?」
暫く呆気にとられていたが、不意に目元が濡れていることに気づく。
「……ぁ、…………」
「夢見が悪いようでしたが……」
「……や、やぁん♡しおん怖い夢見ちゃったぁ!慰めて〜」
我ながら苦しい誤魔化しだったと思う。戸惑う相手に抱きつくと、見慣れた長い白髪が眼前に迫った。首に回した手で隠すように涙を拭う。アイツは何か言いたげにしていたが、諦めた様子で背中に腕が回された。間もなく瞼が重くなり、今度は煩わしい夢を見ることも無く朝を迎える事ができたが、次の日首が凝ったと小言が煩かった。