冷たい風が頬を刺す。カサつく唇が切れたらリップクリームを塗ってくれる人も、冷たくなった頬を手で覆ってくれる人も、いない。否、俺の方から逃げた。いつまで経っても優しいばかりの貴方が怖かった。否定されない事は心地良かった筈なのに、初めてそれが恐ろしいと感じた。捌け口を求めることなく笑い続ける不自然さが目に張り付いていた。……でもそれも、劣等感故の精神異常だったのかもしれない。貴方は最初から優しかったし、俺なんかをずっと気にかけてくれていたし。きっと世間から見ても清く正しい模範生は貴方で、愚かで可笑しい問題児は俺だからだ。

 俺の汚濁を目の当たりにした後も、貴方は変わらなかった。■に声をかけるように柔らかく俺の名を呼び、■をあやす様に優しく頭を撫でた。俺は"自分に向けられているはず"のそれに何度も触れて、俺だけのケースに入れて、飾って、ずうっと眺めて、たまに抱き締める。貴方が他に笑いかける度、他を目に映す度に脳みそが掻き回された。憧れや信頼はおぞましい恋慕に塗り潰されていった。俺が気付けなかったように、あなたもきっと気付けなかったのだろう。弟のように世話を焼いていた年下の幼馴染は邪な感情を携えながらも、貴方の元へ立ち戻ってしまう。無垢な親愛を抱いて、貴方を見上げて過ごしていたのも、もう随分昔の話だ。

 

斎死のお話は「冷たい風が頬を刺す」で始まり「もう随分昔の話だ」で終わります。

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