【小説】Einzelgängerの独白(小学生編)


その1

 転校生が来た。名前は……何だったかな。彼は転校早々、当然のように虐められ始めた。ように、というか当然だ。奴は赤毛で、そばかすがあって、背が低くて貧乏で空気が読めないから。机をゴミ箱にされたり校舎裏でリンチされたりしていた。俺は彼と関わらなかった。俺と彼とじゃ住んでる世界が違うから。

 程なくして奴は何処かへ転校していった。それから、また転校生が来た。クラウスとかいう奴だった。彼は背が高くて金持ちで成績優秀だったから、当然のようにすぐ馴染んだ。俺も彼に声を掛けた。住んでる世界が同じだから。俺たちは友達だった。

 クソ暑かったから多分夏だと思う。俺たちは放課後、いつものように経済の話とか、世界情勢の話とか、あの女の子が可愛いよねみたいな話をした。それでふと思い立って、クラウスを家に誘った。俺の家はデカかったから気兼ねなく誘えた。

 いつものように玄関を開けて、ただいまつったらリビングから喘ぎ声が返ってきて、いつものように父さんと母さんと知らない大人数人が盛ってた。冷蔵庫からアイスティーを出して俺の部屋に向かって、ドア開ける前に何気なく振り返った時のクラウスの、あの顔。……あれは、ここから先数十年間向けられ続ける「目」の、俺の最初の記憶だと思う。

「ボードゲームもあるし本も好きに読んでいいよ」固まってるクラウスに声を掛ける。「なんだその顔。胃腸炎か?」「……い、いや……なんでもないよ。お邪魔します……。」

 やたら他人行儀に呟いて、クラウスは部屋に入った。俺は大人になるまで彼がそんな態度を取った意味が分からなかった。

 

 それから数週間経って、クラウスの他人行儀がそこそこマシになってきた頃。会話のテーマが「転校生」になった。「転校するって決まった時は心配だったけど、馴染めてよかったよ。みんな優しくて安心した。」クラウスは笑った。「お前の前に来た奴は相当虐められてたけどな。」「……え?」今思えばあいつは意外な表情かおをすることが多かった。「赤毛とそばかすと貧乏と……あとなんだ、馬鹿で背も低かったからな」俺は奴に起きたことを全部話した。「……可哀相だ。」彼の唇は震えていた。

「ペーターは何もしなかったのか?助けてあげなかったのか?」「ああ、だって当然の結果だろ。自然の摂理ってやつだ。」「可哀相だと思わないのか?」「可哀相?何故?目に見えていたのに対策しなかったあいつの責任だろ」クラウスはしばらく黙りこくった後、重く唇を開いて、あの「目」を俺に向けた。「……酷い……。」「は?」「……君とはもう終わりだ、ペーター。」

 唐突な絶交宣言に返す言葉もなく、俺は彼の背中をただ見送った。

 

 クラウスは俺を避け続けた。クソつまんねえことに、その結果教室は「俺」のグループと「クラウス」のグループに二分された。それからは別に何も起こらなかった。ただ、金持ちで陽気で成績優秀な「俺」のグループと、意味不明なクラウスと、自分のことを棚に上げて善人の属性に居ようとする奴らが残っただけだった。