【リレー型ログ】屋上


あのクルージングから1週間。

体力の消耗が激しく衰弱していたあなただったが、病院で治療を受けすっかり回復し、今日が初めての登校日となった。あの数日間を共に過ごした友人、藤谷あまねも今日から学校に来られるはずだが、朝から姿を見せていない。

放課後になっても姿を見せない藤谷あまねのことを少し気にかけながら、あなたは何気なく、いつも彼と共に食事をしている屋上へと向かった。

 

階段を駆け上がり、屋上へと続くドアを開けると、そこには見覚えのある後姿があった。藤谷あまねだ。彼はフェンス越しに校庭の方を眺めている様子だったが、ドアの開閉音に気づき振り返る。

 

あなたに向けられた彼の目には、大粒の涙が溢れていた。

 

 

 

 

藤谷あまね 「……あ…」

藤谷あまね 「狩屋くん……」

狩屋聖人 「藤谷くん、おはよう!……どうしたの?(藤谷の方へ駆け寄る)」

藤谷あまね 「あ……あの……(言い淀んでいる)」

狩屋聖人「あっごめん、言いたくなかったら大丈夫!学校来てたんだ、おれも今日から走っていいんだって!(くるりと笑顔を作ると、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。)」

藤谷あまね 「…よ、よかった……元気になったんだね、安心したよ…。」

狩屋聖人 「うん!藤谷くんも学校来てるみたいでよかったー!」

 

 

藤谷あまね 「…あ、あのね、狩屋くん……」

狩屋聖人 「なに??」

藤谷あまね 「……母さんに、狩屋くんと関わるな、って…言われちゃった……」

狩屋聖人 「藤谷くんのお母さんに…?関わるなって、遊んじゃダメってこと?」

藤谷あまね 「…うん……話したりするのも、ダメだって…あの子といると、危ない目に遭うから、って……」

藤谷あまね 「…君は何も悪くないのに……」

狩屋聖人 「えー!じゃあ今喋ってるのもダメなの?藤谷くん、だから教室に来てなかったの?」

藤谷あまね 「…学校で、狩屋くんの顔を見たら…話したくなっちゃうって思ったから……」

藤谷あまね 「教室、入れなくて…」

狩屋聖人 「おれもね、藤谷くん見つけたら話したくなるよ」

狩屋聖人 「そっかぁ、でも教室来ないと皆心配しちゃうし、授業受けないと勉強わかんなくなっちゃうよ?」

狩屋聖人 「おれもあんまり授業受けられてないけど…寝てて。」

藤谷あまね 「…うん、そうだよね……でも……今日、一日考えてたけど…やっぱり僕……狩屋くんと離れたくなくて……でもどうすればいいのかわからなくて……(話してるうちにちょっと泣きだす)」

狩屋聖人「藤谷くん…(泣いてる藤谷を見て、自分も泣きそうになって顔をゆがめる。)」

 

 

狩屋聖人 「おれと一緒にいても、危なくないってお母さんに話そうよ。そしたら、また一緒に遊べるかも…。」

藤谷あまね 「…む、無理なんだ……今まで何度も話したけど……母さんは思い込みが激しくて……全然僕の言葉なんて聞いてくれない……」

狩屋聖人 「お母さん、藤谷くんの話聞いてくれないの?」

藤谷あまね 「噛み合わないんだ…僕の見えてる世界と、母さんの見えてる世界が違いすぎて……」

藤谷あまね 「…それに…僕のせいで母さんが傷つくのは…もう嫌だ……」

 

 

狩屋聖人「む、ずかしい話だなぁ…。…藤谷くんはお母さんの言う通りにしたくないけど、お母さんが悲しいのは嫌なんだよね?」

藤谷あまね 「…うん……ごめん、こんな話…狩屋くんにして……」

狩屋聖人 「ううん、おれあんまり相談とか受けたことないから、上手くないかもしれないけど、嬉しいよ!」

狩屋聖人 「あっ、ごめん。藤谷くんが困ってるのに、嬉しいとか言って…。(しゅん…とする。)」

藤谷あまね 「…ううん、狩屋くんは悪くないよ……迷惑じゃないなら、僕もちょっと安心した……」

狩屋聖人 「迷惑じゃないよ!おれも藤谷くんと喋ったりできなくなっちゃうのやだし。」

藤谷あまね 「……これが、最後、になるのかな………」

狩屋聖人 「最後、か……」

狩屋聖人 「藤谷くんは、お母さんを悲しませたくないんだもんね…。おれと、話さないようにすれば、いいんだよね…。(悲しそうにうなだれてしまう。)」

藤谷あまね 「…でも、狩屋くんが悲しいのも嫌だ……」

狩屋聖人 「藤谷くん…」

 

 

狩屋聖人 「…一緒に考えようよ!お母さんを悲しませずにお話しできる方法」

藤谷あまね「…ごめん…狩屋くんがせっかく協力しようとしてくれてるのに……無理だ、って思ってしまうんだ……」

藤谷あまね 「…母さんが怖くて、逃げてるだけなのかもしれない……」

狩屋聖人 「藤谷くんも怖いと思ってたんだ、おれもちょっと怖いなって思うもん!」

狩屋聖人 「お母さんから逃げてるの?」

藤谷あまね 「…わかんない……」

狩屋聖人 「藤谷くんは、お母さんが好き?」

藤谷あまね 「…あ…………」

藤谷あまね 「…わかんない………」

狩屋聖人 「分からないこと多いね!」

狩屋聖人 「じゃあ、藤谷くんはお母さんとこれからも一緒にいたいって思ってるの?」

藤谷あまね 「…一人で育ててくれたから、恩返ししなきゃ、とは思う……でも……」

藤谷あまね 「…一緒にいても、楽しくはない……かも……」

狩屋聖人 「好きでいなきゃとか、そういうのは置いといて、藤谷くんは人としてお母さんが苦手?」

藤谷あまね 「…か、考えたこともないや……」

 

 

狩屋聖人 「じゃあ……、おれは?」

狩屋聖人 「藤谷くんは、おれのこと、好き?一緒にいたい?(真剣な顔で問いを投げかける。)」

藤谷あまね 「…え、あ………」

藤谷あまね 「…す、好き……だよ。一緒にいたい……とも思う…。」

狩屋聖人 「じゃあ、お母さんよりもおれの方に藤谷くんの気持ちはあるってことなのかなあ?」

狩屋聖人 「でも迷ってるってことは、藤谷くんの考えはお母さんの方にあるの?」

狩屋聖人 「ごめん、おれもなんて言ったらいいか分かんないけど…。」

藤谷あまね 「……うん、そうだね……僕の心、は多分…狩屋くんの方に行きたがっていて…そっちの方が、きっと楽しい…でも…」

狩屋聖人 「でも?」

藤谷あまね 「…母さんを傷つけて、楽しい方に行くのが…怖いんだ、と思う……」

藤谷あまね 「…僕が、そんなことしていいのかな……」

狩屋聖人 「さっき、前もお母さんを傷つけたって言ってたけど、藤谷くんそんなことするようには見えないよ?」

藤谷あまね 「……知ったら、軽蔑するかもしれない……」

狩屋聖人 「けいべつするの?」

藤谷あまね (言い淀んでるが、狩屋の目を見て諦めたように口を開く)

 

 

藤谷あまね 「…昔、小さいころにね……見て、しまったんだ、父親と…知らない人が不倫してるところ…。」

藤谷あまね 「…それで……黙っていればよかったのに……なんだか怖くて、耐えられなくて……僕は母さんにそれを話した……」

狩屋聖人 (なんかそれ、知ってるな……。なんだったかな、と以前のセッションを思い出している)

狩屋聖人 「藤谷くんは、正直者なんだね。」

藤谷あまね 「……それ以来、家族が……グチャグチャになってしまって…母さんもずっと泣いてて……」

藤谷あまね 「…僕が、話したせいなんだ……」

狩屋聖人 「そうなのかな?」

狩屋聖人 「藤谷くんがお母さんに話したのがきっかけだったかもしれないけど、ぐちゃぐちゃになった原因は藤谷くんじゃなくて藤谷くんのお父さんじゃないの?」

藤谷あまね 「……そう、かもしれない……でも……」

藤谷あまね 「…あの時の光景が、忘れられなくて……それに、僕に……あの人の遺伝子が混じってるって思うと……自分がすごく、汚いものに思えてきて……」

藤谷あまね 「…そんな僕が、楽しい方なんかを選んで、いいのかな……」

 

 

狩屋聖人 「藤谷くんは汚くないって、おれは思うよ!」

藤谷あまね 「……狩屋、くん…………」

狩屋聖人 「藤谷くんは不倫したお父さんの子どもじゃなくて、藤谷あまねとして、幸せになっていいんだよ。」

藤谷あまね 「…ほ、本当に……?」

藤谷あまね 「僕は、僕として…幸せになってもいいの……?」

狩屋聖人 「うん!おれも藤谷くんに幸せになってほしいし!」

藤谷あまね 「……!」

藤谷あまね 「狩屋くん……(ぎゅってする)」

狩屋聖人 「あっ!久しぶりのぎゅうだ!(抱きしめ返す。)」

藤谷あまね 「…狩屋くん……ありがとう…本当にありがとう……」

狩屋聖人 「どういたしまして!おれ、ちゃんと相談に乗れた?」

 

 

藤谷あまね 「…うん、僕、決めたよ。…狩屋くんと、ずっと一緒にいる…。」

藤谷あまね 「母さんに怒られても…傷つけても…僕は、僕として楽しい方に行こう、と思う…。…でも、たまにはちゃんと話してみるよ…いつか、分かってくれる時が来るかもしれない、から……。」

狩屋聖人 「え!ほんと?やったー!おれこれからも藤谷くんと一緒にいられるんだ!」

狩屋聖人 「うん!おれも手伝う!」

藤谷あまね 「狩屋くん、改めて…本当にありがとう……これからも…仲良くしてくれたらうれしいな…」

狩屋聖人 「いいよ!おれ達親友だもんね!」

藤谷あまね 「うん…!親友、だから……(嬉しいはずなのに、胸がチクリと痛む)」

 

 

藤谷あまね 「……昔のこと、誰かに話したの初めてだから……なんだかスッキリした…。」

狩屋聖人 「そうなんだ!おれもこういう話聞いたの初めてだったから、藤谷くんのこといっぱい知れて嬉しい!」

藤谷あまね 「…怖かったけど、屋上、来て良かったな…。」

藤谷あまね 「…狩屋くんに、会えたから……」

狩屋聖人 「おれもここで話せてよかった。明日からもここで一緒に食べようね!」

藤谷あまね 「うん…!…そうだ、明日は早起きして、自分のお弁当…自分で用意しようかな…。」

藤谷あまね 「…従わないなら、そのくらいのことはしないとね…。」

狩屋聖人 「藤谷くんお弁当作れるの!?すげー!」

藤谷あまね 「い、いや…あんまりやったことないから…手探りだと思うけど…。」

狩屋聖人 「おれも作る!」

狩屋聖人 「おかず分け合いっこしよ!」

藤谷あまね 「…うん、狩屋くんの好きなもの、作ってくるね…。」

狩屋聖人 「おれもだよ!」

狩屋聖人 「ほんと?やったー!」

狩屋聖人 「藤谷くんははっぽーさいだよね!」

藤谷あまね 「あ、うん…でも、具材とか多いから大変かも…別のやつでいいよ。」

狩屋聖人 「そっか…じゃあ藤谷くんは他に何が好き?」

藤谷あまね 「うーん…苦手なものとかは特にないよ…。あ、じゃあ…お互い何を作ってくるか内緒にして、明日のお楽しみにしよう…?」

狩屋聖人 「分かった!そーする!」

狩屋聖人 「約束ね!(小指を差し出す)」

藤谷あまね 「…ふふ、うん…約束…!(小指を交わす)」

狩屋聖人「(ぎゅ!)」

 

 

 

 

あなた、狩屋聖人の言葉により、母親の呪縛から半ば解放された藤谷あまねは、憑物が落ちたように穏やかな表情を浮かべている。現実は何も変わらないが、今日交わした約束は、自分自身の幸せに向けた確かな一歩となるだろう。屋上にいる二人を見守るように、夕日が赤く照らしている。