ヒーローの覚悟


 何もかもが曖昧な世界の中で、曖昧でしかいられない僕はその曖昧さに塗り潰されてしまう。ただ、蓄えた知識を口から吐き出して誤魔化すので精一杯だ。そこに「私」の意思なんて存在しなくて、それを知ってか知らずか近づいてきた奴に良いように扱われたってそれでいいと思ってた。だって、それ以外怖いじゃないか。誰も何の責任も取ってくれないんだから、手段なんて選んでいられないって。

 生前の記憶を取り戻して、しばらくしてから冷静に振り返ってみると。たしかに本島から来た「余所者」の子がいたなあなんてボンヤリ思い出した。あの寂しそうな、不安そうな目をよく覚えている。僕のところに来れば「居場所」くらい提供してあげないこともないけど、なんて軽く見下ろしていたら、僕の方に先に限界が来たんだった。私もまた、言い知れぬ「不安」をずっと抱えていたから。

 

 島に戻ってきて、彼と話して確信したことがある。それは、彼の「不安」と僕の「不安」は似ているようで全く違うってこと。僕は常に誰かに寄りかかって、いつその誰かに裏切られるか、いつ私に恐ろしい「責任」が降ってくるか分からなかったから不安だった。でも彼は、どこにも行く宛てが無くて、自分しか頼れないから不安だったんだ。たとえ、彼が彼の自己犠牲の中に「アイデンティティ」を見出していたとしても、その責任を彼は自分一人で負うつもりだったんだ。だから彼には「決定」が出来た────私、古賀無月には「自我」があるのだと、言い切ることが出来たんだ。

 

 今、僕は自分の意思ではっきりと言える。僕は彼を──まーくんを愛している。まーくんの勇気を愛している。まーくんの優しさを愛してる。もしもまーくんに何か辛いことが出来たら──今度は私がヒーローになる。「責任」の刃はやっぱり怖いけど、でも、逃げてきた分だけ傷つく覚悟を、私は掴んだから。

 ヒーローになれるのは「悪者」になる覚悟のある人間だけだって、まーくんは教えてくれたんだ。きっと本人は無自覚だろうけど。